ぱぱちゃりライダーブログ

戦後80年の8月15日。

母方の祖父がフィリピンで戦死しています。

子どもの頃から祖母の家の仏壇に掲げられている祖父のモノクロの写真を見ていましたが戦争という実感ありませんでした。

平成に入り、祖父の50回忌が開かれました。

その時集まった親戚の方々が語る祖父の姿を耳にして初めて自分の中で、写真の中に固定された影ではなく、頭の中で祖父が歩き出した感じがしました。

その時、道の向こうから手を振っている祖父の姿が目の前に浮かび上がってくる感じがしました。

語りの中から「ああ、祖父は生きていたんだ」との実感を初めて得られました。

祖父は生きたかっただろう。

戦後残された祖母が苦労し、女手一つで私の母と2人の叔父を育ててきました。

一番下の叔父は亡くなった時はまだ祖母のお腹の中だったと聞いています。

祖父のことをいつか聞こうと思っているうちに、祖母が亡くなり、母も難病で会話もできなくなって亡くなり、上の叔父も亡くなってしまいました。

どんな思いで戦場へ行ったのか、どんな思いを持ち亡くなったのか、それはわかりません。

でも、生きていた証は私の中に僅かに残る、30年前に聞いた祖父の姿。鳥居の向こうではなく語りの中から蘇った姿だと思っています。

今思い起こしてみて、生の語りの力を今更ながら感じています。

私もこの世を去ったら、この祖父の残像も無くなるでしょう。

でも、戦争が祖父をはじめ多くの人の命を奪ったことを忘れてはなりません。

戦争が人々の日常を、家族の幸せを奪ったことを忘れてはなりません。

少しでも真実を語り、伝えていくことがそれらの命に向き合うこと、そのために語りを繋いでいくことが本当に大切なことだと信じています。